SUMI Takeshi

澄毅

SUMI Takeshi

1981年、京都出身
明治大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業
明治大学雄弁部に所属。
多摩美術大学情報デザイン学科情報芸術コース卒業
B-labに所属し、久保田晃弘教授、三上晴子教授の指導を受ける。
表現のベースに写真をおき、イラストや映像作品を制作している。

2007.10 「七人の__展」 in ギャラリーモンド東京
2008.03 第30回写真「ひとつぼ展」inガーディアンガーデン 東京
2010.11 「写真新世紀展」 in 東京都写真美術館
2010.11 「あれから20年、これから20年」未来に届くアート展 in ガーディアンガーデン 東京
2010.11 個展 「メテオ」 in 企画ギャラリー・明るい部屋
2011.04 個展「光」 in Port Gallery T

Contact In FRANCE:
in)(between gallery | 3 rue Sainte-Anastase, 7003 Paris
press@inbetweengallery.com

私の作品は東京で撮影した写真のある部分に光を透したものだ。
光を透した対象は、私の知っている者もいれば、まったく知らない人もいる。
しかし、光を透し、輝く人たちにどこか親近感や自分自身を投影する。
それは人が盲点を記憶や願望でうめるのと同様に、
網膜と脳の中で光で消えた空白を願望や投影で補おうとするからなのかもしれない。

私は東京に上京して10年になる。東京にいると、自分自身が「何にでもなれる」という十全感と、
「いくらでも代わりがいる」というあきらめに近い虚無感の両方にとらわれる。
東京に上京する人の多くは、東京の「何にでもなれる」という希望に夢をもち、
そしてどこででも「代わりがいる」という事実に打ちのめされるのではないかと思えた。
だからこそ、名も知らない人たち全てに「東京だから」自身を投影できるのではないかと考えた。
それは日本において東京だけでしか顕在化しないものかもしれない。
多分東京が人工的につくられた都市であり、関東大震災や東京大空襲、戦後のめまぐるしい発展が過去の蓄積を0にて、
東京を常に必要がなければいれない場所にしているからだ。

東京はまた、輝く場所だ。ネオンではない。
各人一人一人が全身全霊で光り輝かなければ行けない場所だ。
それは、東京が「何にでもなれる」という希望と「代わりはいる」という恐怖をちらつかせているからだ。
光り輝けば輝く程、誰か分からなくなる。
大きな皮肉だが、東京はそんな場所だと感じた。

SUMI
Takeshi

100 PHOTOGRAPHERS100 PHOTOGRAPHERS Describing Tokyo Scapes

私たちの居場所、
東京の価値や存在を
写真を通して、
いま考える。