SOMEYA Manabu

染谷學

SOMEYA Manabu

1964年生まれ。
日本大学芸術学部写真学科卒。
写真展:「道の記」「ニライ」「Calcutta」「海礁の柩」ほか
コレクション:沖縄県立博物館美術館/相模原市

1964 Born in Japan
Graduated from Nihon University College of Art
Exhibitions "Michi no ki" "Nirai" "Calcutta" "The Sea Coffins" etc.
Collections Okinawa Prefectual Museum & Art Museum Sagamihara City

www.someyamanabu.com

Contact In FRANCE:
in)(between gallery | 3 rue Sainte-Anastase, 7003 Paris
press@inbetweengallery.com

凝視した眼差しの先に小さな「死」がある。
それはほとんど「生」と同じように見えるので、わたしたちは死を見つけることなく日々を生きている。
しかし、死は生の果てにだけあるのではなく、生と共にあり、あるいは生は死に包まれてある。
わたしたちは大きく穏やかな死に包まれた生を生きている。

日本の南の島々では、海の向こうに死者のタマシイの向かう異郷があると信じられてきた。
そこは幸せをもたらす神がやって来る場所とも、逆に禍をもたらす悪しきものの棲む場所ともいわれている。
複雑なようだが、これは矛盾した考えではない。

東京とは、表層なのか。それともなにかの深部なのか。
あらゆる種類の時間と人間の意識を合わせ持ち、時にはみずから「場所」としての実体すら消し去る。
しかし、一方では遥か垂直に時間を降りていく「土地」としての深度を持ち、ふいにタマシイの集う異郷としての姿を現す。
きっと、これもまた矛盾したことではないのだろう。

凝視した眼差しの先に小さな「生」がある。
しかし、わたしたちの「生」はあまりに不確かであり、繰り返される日常のなかでタマシイは常に海を渡り続けている。
東京とは、此岸なのか。それとも彼岸なのか。
眼差しの先に、もし、ふいに姿を現す何ものかがあるならば
おそらくそれがわたしの東京に違いない。




































SOMEYA
Manabu

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私たちの居場所、
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写真を通して、
いま考える。